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なぜこの神社に惹かれたのか
西叶神社から浦賀の渡しに乗って、そのまま対岸の東叶神社へ向かいました。
船を降りてすぐ、勝海舟の名前が頭に浮かびました。咸臨丸でアメリカに渡る前、ここで身を清めたと言われている場所です。来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」にも、勝海舟は主人公・小栗忠順のライバル役として登場するそうです。あの人が実際に修行した場所が、今も残っているというのは、なんだか不思議な感覚でした。


由緒はこんな感じです
東叶神社は、浦賀港をはさんで西叶神社の対岸にあります。もともとは西叶神社から勧請されて
生まれた神社だそうです。正式名称は西叶神社と同じ「叶神社」ですが、
区別のために「東叶神社」「東岸叶神社」と呼ばれています。
御祭神は応神天皇です。
ご利益は
社名の通り、願いが叶う神社とされています。境内へ続く坂道は「恵仁志坂(えにしざか)」
「産霊坂(むすびざか)」と名付けられていて、縁があって結ばれる、という意味から
縁結びのご利益があるとも言われています。西叶神社の勾玉と合わせて持つと、
良縁のお守りが完成するそうです。
歩いてみた道のり
鳥居をくぐると、両脇にソテツが植わっています。
源頼朝が伊豆から持ってきて植えたと伝わっているそうです。
狛犬もこちらにいて、対岸の西叶神社の狛犬が口を開けた「阿」の形なのに対して、
東叶神社の狛犬は口を閉じた「吽」の形とも言われています。東西で一対になっているという説、
なんだかロマンがあります。


社殿の横から階段が続いていて、裏山の明神山に登れます。
奥の宮まで続く道で、かつて後北条家の水軍が見張っていたであろう景色が広がっていました。


私が行ったのは夏だったんですが、正直、蚊がすごかったです。
虫よけスプレーは必須だと思います。
奥の宮の手前、左側に、勝海舟が断食修行をしたと伝わる場所があります。
咸臨丸で太平洋を渡る前、ここで心を整えていたそうです。
今はパワースポットとしても人気で、
参拝者も多いとのことでした。


社殿の下まで降りると、身代わり弁天があります。海上の遭難や交通事故、病気など、
命に関わるような危機に直面したとき、弁天様が身代わりになって守ってくださった、
という言い伝えが多く残っているそうです。


そういえば、と思って探したのが、勝海舟が身を清めたという
井戸です。
身代わり弁天から見て右側、社務所の裏あたりにありました。
今は近くまで行けるようになっていないこともあるみたいなので、見られたらラッキーくらいの気持ちで探してみてください。

カウンセラーの視点から少し
断食修行って、今の感覚だと少し極端に見えるかもしれません。
でも交流分析の視点で見ると、大きな決断の前に自分を一度整える、
区切りをつけるという行為には意味があると思っています。何かに向かう前、
一度立ち止まって心と体を整理する時間を持つことは、今の私たちにも案外必要なのかもしれません。
阿吽の狛犬の話も、少し似ていると思いました。片方だけでは完成しない、
対になって初めて意味を持つという考え方は、人と人との関係にも通じる気がします。
アクセス・周辺情報
私は久里浜から西叶神社へ行き、渡し船で東叶神社に渡りました。本来ならそこからまた船で戻って、バスで久里浜に帰れるコースだったんですが、道を間違えて浦賀駅の方まで歩いてしまいました。おかげでよく歩きました。
電車で直接向かう場合は、京急線浦賀駅から徒歩約18分です。
バスなら浦賀駅から鴨居方面行きに乗り、「新町」バス停で下車して徒歩約5分ほどです。
なお、バスの時刻や運行状況は変わることもあるので、
お出かけ前に最新の情報を確認していただくと安心です。
浦賀まで足を延ばすなら、少し早めに出て一泊するのもおすすめです。
宿泊先を探している方は、こちらからチェックしてみてください。
おまけ
浦賀の渡しの乗り場に、吉田松陰と佐久間象山がペリー来航への対策を協議したという
「徳田屋」の跡地の碑が立っていました。
アメリカに渡るために断食してこもっていた勝海舟と、黒船の来航について話し合っていた
吉田松陰たち。同じ浦賀の地で、幕末という混沌とした時代の空気を感じた気がしました。




コメント
来年の大河ドラマは、幕府側からみた幕末ですね
浦賀は幕末が始まる最初の舞台ですから、ロマンを感じます
東西の阿吽の狛犬のお話は興味深かったです
一泊二日で行ってみたいです
タマさま
はい、初めて行かせていただきましたが、横須賀は深いです。
是非、一泊二日でお出かけください。
他にも見どころ満載です。